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MirO's Life

~海外で若年性乳がん闘病記~  海外在住18年目。 33歳で乳がんを発症しました。 現在治療中です。

抗がん剤 6回目 - ドセタキセル 3回目 - アレルギー反応 ドクターストップ

抗がん剤治療 ドセタキセル

2016年8月2週目、最後の抗がん剤です。
前日にアレルギー防止の薬を飲み始めて、この日も朝アレルギーの薬を飲みました。
抗がん剤の時間1時間前に吐き気止めを飲んで、友達が1時15分ごろ迎えに来てくれました。


最初に薬局に薬をもらいに行くと、薬剤師さんがタモキシフェン(Tamoxifen)の説明をしてくれました。

 

miroslifeblog.hatenablog.com

抗がん剤のユニットに行き15分ぐらい待ちました。
看護婦さんが来て、#12番の椅子に座りました。
熱を血圧を測りましたが、この時びっくりしたのが体温が37.7度あったことです。
朝は測ったときは36.7度だったんですけどね。
最初に飲んだ薬のリストを看護婦さんに見せて、前日の血液検査の結果をもらわなかったのでコピーをプリントしてくれるように頼みました。

実はこの日の朝、尿が少し白く濁っていて、血液検査の結果を見なかった私は心配になりました。抗がん剤の回数が増えるにつれAST(SGOT)の数値が増えてきていたので心配でした。
あと寝つきも悪かったため先生に連絡して睡眠薬を処方してくれるか聞いてもらうようにも頼みました。
担当の看護婦さんは忙しかったのか、他の患者さんのケアに忙しく、15分経っても治療が始まりませんでした。
もちろん血液検査の結果も来ず、処方箋も来ませんでした。
しかもまだチャートを読んでなかったらしく、ベナドリルを先に投与するかも分からない状況でした。

他の看護婦さんが手伝いに来て、ポートのアクセスは始めました。
クロロヘキシドイン (Chlorhexidine)を普通消毒に使うのですが、私はアレルギー反応が出るためIodineしか使えないのです。
他の看護婦さんと睡眠薬の話をしていたのですが、看護婦さんがクロロヘキシドイン を使いだし”これ何?”と聞くと”クロロヘキシドインだよ。”と言われ”私、これ使えないのよ”と言うと、”そうか・・・。睡眠薬の話をしててあんまり集中してなかったわ”と言って、消毒液で拭いてくれました。
看護婦さんは殺菌された手袋をしていたのでIodineが取れず、他の看護婦さんに頼んで開けてもらい、2回消毒してからポートに針を入れました。
血が戻ってくるのを確認して、絆創膏を上から貼るのですが、私は絆創膏でもかぶれるため敏感肌用の物しか使えないのす。でも看護婦さんが普通の絆創膏を貼りだし”メポレックス(Mepilex)にしてくれる?"と聞くと、”じゃあ取ってもらってもいい?”と言われ、箱から探してパッケージをあけました。

担当の看護婦さんが戻ってきて出ている薬の説明をしてくれました。
出ていたものは:
  ・生理食塩水 1000ml
  ・ベナドリル 2ユニット +1(必要であれば)
  ・他のアレルギーの薬(必要であれば)
  ・ドセタキセル 140ml

ベナドリル2ユニットを最初に投与され、待っている間に隣のおばさんと話しました。
この人はまだ髪の毛があり、1回目かなぁと思ったのですが2回目のFECらしく、髪の毛は少しづつ抜けていると言ってました。
もともと髪の毛は多い方らしいです。
私の経験を話しているとドセタキセルの投与が始まり、最初の15分は何もなかったのですが、15分経つと看護婦さんが来て投与のスピードをあげました。

看護婦さんが戻ってきて、”ほしがってる睡眠薬はあげれないけど、他の種類なら処方してくれるって先生が行ってるけど”と言いました。私は”じゃあ出してくれるものをもらうわ”と言い、処方箋をもらいました。

スピードを上げた後、目に違和感があり、燃えるように熱くなりました。友達が見ていて目の周りも赤くなって腫れてきていたきていたらしく。ナースコールのボタンを押しました。
看護婦さんが5,6人来て、”目が痛い”と言うと”ベナドリルを投与するわ”と言われました。
ベナドリルは1回の抗がん剤治療で3回までしか投与できなく、すでに2ユニット投与されていた為、これで打ち止めです。
今回のドセタキセル投与前、担当の看護婦さんが”ドセタキセルにはアルコールが入っていて人によって反応することがあるよ。お酒飲むと赤くなる方?”と聞かれ”なるよ。でもなればずっと赤いよ。もとには戻らない”と言うと”う~ん。アルコールかもね”と最初言っていたのですが、今回は目に反応が出たのでやっぱりアルコールではなかったみたいです。

私のアレルギー反応は肌が赤くなると20秒から30秒で元に戻ります。しかも赤みが顔や胸に飛火するのです。これが数回以上あったりします。
”ベナドリルの後に15分ぐらい待って、先生にドセタキセルの投与を続けた方がいいか聞くわ”と看護婦さんがいいました。
待っている時の顔が赤くなったり、胸や喉が苦しくなったりしていました。
看護婦さんが戻ってきて”ステロイドを投与するわ。これは投与後のアレルギー反応に効くから。”と言ってステロイドの投与を始めました。
他の看護婦さんが戻ってきて”先生に聞いたら抗がん剤の投与はこれ以上しないことに決まったわ。だから今日はこれで終わり。”と言われ、私は”じゃあまたやりに戻ってくるの?”と聞くと”先生にそれは聞いた方がいいかもね”と言われました。
この看護婦さんは2回目の抗がん剤の時にFECの投与をしてくれた看護婦長で、彼女曰く”あなた結構有名なのよね。みんなあなたのアレルギー反応の事を話題にしてるのよ。”と言いました。
わたしは笑うしかありませんでした。アレルギー反応が出始めてから複数の看護婦さんに呼び止められてアレルギーの事を聞かれたのも事実だったからです。
担当の看護婦さんが戻ってきて同じことを説明してくれました。。同じことをこの看護婦さんに聞くと、この人は”先生に聞いてみるわ。”といって、先生に電話をしてくれました。
先生と話した後戻ってきて、”先生は2回ドセタキセルやったし、それで十分かもしれない。アレルギー反応も回数につれて増えてきてるし、これ以上やっても体に負担が大きくなるだけかもしれない。”と言っていたらしいです。
実はこの前の日に問診で来た時、LABで血液検査をしていると館内でコードブルーのアナウンスが流れました。
抗がん剤治療のエリアで心停止の患者が出たらしく、私はそれを友達に話すと”多分アレルギーで心停止がおきたんじゃないの?”と言いました。
胸や喉が苦しかったため、看護婦さんは”4階にいって6時までモニターしてもらった方がいいよ”といい。ステロイドを投与しながら4階に移りました。
ちなみに1階の抗がん剤治療のエリアは5時に閉まるらしいです。

血液検査の結果もこの時もらいました。やっぱりAST(SGOT)の数値が標準よりも15高かったです。

4階に行くときに看護婦さんは”普通アレルギー反応っていうのは回数が増えるごとに酷くなって最終的にはアナフィラキシーショックになることもあるのよ。だからもうドセタキセルの投与はしないでしょう。タモキシフェンもやるわけだし。やってない治療の事を考えるよりもやった治療の事を考えた方がいいと思うよ。”と言ってくれました。

4階について座った椅子は#48。最初と5回目の抗がん剤治療で座った椅子で、最後に座る椅子もこれでした。
ガンセンターには全部で100ほどの抗がん剤治療の椅子やベッドがありますが、私は50%の確率でこの椅子に座りました。なんとなく運命を感じたのも事実です。
友達と笑いながらこのことを話し、看護婦さんがザンタック(Zantac)の投与を始めました。

最終的に投与が終わったのが午後5時半で、看護婦さんが”帰っても大丈夫?胸とかの痛みは平気?”と聞いてきて、”お腹が空いたから帰るよ。”と言いました。
看護婦さんは笑って”多分大丈夫だね。でも一応ベナドリルを買って家に置いておいた方がいいよ。また何かあったらベナドリルを飲んで。また胸が苦しくなったりしたらERに行ってね。”と言いました。
ガンセンターを5時45分ごろでて、薬局に行き睡眠薬とベナドリルと買いました。
近くのイタリアンレストランで夕食を買って、家に帰り友達と食べました。
友達は11時ごろまで付き添ってくれました。
ベナドリルのせいか、眠く、お風呂に11時15分ごろ入りました。

実はお風呂に入りながら寝ていたらしく(かなり危険)気づけば朝の12時半でした。
お風呂から出て、スキンケアもするのを忘れ寝てしまいました。
この後寒くて起きたのが朝4時半です。長袖のシャツを着て、また寝ました。

今回は本当にいろいろありました。