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MirO's Life

~海外で若年性乳がん闘病記~  海外在住18年目。 33歳で乳がんを発症しました。 現在治療中です。

手術の日- 手術後

手術後、目覚めたのは午後5時45分でした。手術が予定よりも長引いたのと

なかなか起きなかったと言われました。
寒さからかは分かりませんが体中が震えていて、看護婦さんが温風付きの掛け布団を

かけてくれました。
リカバリーから外来患者用の待合に移され、同僚と外科医が待っていました。
外科医の先生が”温存手術はうまくいったよ”と言いましたが、私は”もう一度手術

しなきゃいけなくなったら、今度は全部取る”と言ったのを覚えています。
実は乳がんの腫瘍を取る時には腫瘍の周りを切るため、どこまでガンがあるのか顕微鏡で見ないと分からないらしいです。なので切った縁に癌細胞があった場合、

まだ腫瘍の取り残しがあると判断しまた手術をしなければなりません。
最初から2回目があれば全摘と決めていました。

その後はまだ意識がはっきりとはしておらず、たまに同僚と話しまた寝るというのを

2時間ぐらいしていました。
体の震えと意識が元に戻ったのは午後8時ごろで、待合室を歩いて何往復かした後

帰る準備をしました。
胸の形は全然変わってなかったのを覚えていますが、それは手術後に溜まる液体のせいでした。
術後の運動の事や入浴、テープは12日間取らないなど話を聞き、説明の紙ももらいました。
血圧測定や血液検査は今後左腕ではできないと言われ、ボールを投げるような動作などもやめた方がいいと言われました。
外科医と2週間以内に会うように言われ、何かあったらERに行くようにとも言われました。
病院を出たのは夜の8時半でした。

同僚が付き添いで家に泊まってくれました。

もし何かある場合は手術した日が多いらしいです。
夜の11時ごろまで話をしていましたが、だんだん眠くなってきて”寝たほうがいいよ”と言われました。
ベットで寝ているときに何度が見に来てくれてたみたいです。

次の日、同僚は会社を休んで付き添ってくれました。
一緒にMistressesのシーズン1を見たり、映画を見たりしました。
同僚は夜の8時ごろ家に帰りました。ほんとに感謝です。
入浴は2,3日出来ないため、痛み止めと軟便剤(痛み止めの副作用が便秘らしいです)を飲んで早めに寝ることにしました。

手術3日後、体の左側に湿疹ができ始め何かのアレルギー反応だということに

気付きました。
手術前の消毒だと思いますが、その時は何にが使われたのか分かりませんでした。
湿疹は背中にもでき、肩から腰にかけて湿疹が密集していて太い線

(幅10センチぐらい)の痕が現れました。
シャワーを浴びたのですが良くはならず、手術5日後に家にあったアレルギーの薬を

飲み始めました。
それから数日たち改善はされましたが、背中の一部を掻いていたのでその場所は

痕が残ってしまいました。

主治医の診療所に電話をして7日後に来てくれと言われました。