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MirO's Life

~海外で若年性乳がん闘病記~  海外在住18年目。 33歳で乳がんを発症しました。 現在治療中です。

手術の日- 手術前

2016年3月中旬、手術の日が来ました。
午前0時から飲食できず、水も飲んではいけませんでした。

近くに家族がいない私は同僚に送迎を頼みました。
朝9時にLABに行き術前のワイヤーとラジオアイソトープの注入をしに行きました。
超音波で出た腫瘍の大きさは1.8cmと言われましたが、これは検査をする人によって誤差が出るため本当の大きさは結局分かりませんでした。
でも2回目の超音波で出た大きさよりも明らかに小さかったのでよかったです。

先生が部分麻酔をして腫瘍の端から端を分かるようにする為ワイヤーを入れるのですが、やはり麻酔が効かず激しい痛みが襲いました。
看護婦さんが”ガンには麻酔があんまり効かないのよ”と言ったので生体検査の時に

麻酔が効かなかったことを思い出し”やっぱりあの時からガンだったんだなぁ。”

思いました。
ラジオアイソトープの注入の時も麻酔はしましたがかなり痛く、終わった後に

涙がこぼれました。
しばらく痛みで動けませんでした。
ワイヤーとラジオアイソトープの注入後ワイヤーの位置を確認するためレントゲンを

撮り、写真と書類を病院に持っていくように言われました。

病院に着いてから看護婦さんが着替えのガウンをくれて、身長と体重を図り、点滴を開始しました。
看護婦さんにまだ術式を決めてないことを伝え、看護婦さんは”私なら全摘するわ。病院で働いているからっていうのもあると思うけど、死ぬ確率が少なくなるなら絶対全摘するわ。”と言っていました。
結局決心はつきませんでした。

同僚が手術室に入るまで付き添ってくれました。
その間に採血やレントゲンを撮り(なぜか2回目)、12時45分に手術待合室に

入りました。
外科医が来るのを待つこと30分ぐらいでしょうか、時計がなかったので正確に

どれぐらい時間が過ぎていたのか分かりません。
主治医がきて術式のことを話しました。
決心が決まらないことを伝え、変に変形するようなら全摘でもいいという意思も伝えました。
主治医は”温存を狙って、取る量が多すぎでダメだったら全摘に切り替えるよ。”と言いました。
麻酔の先生が話にきて、BMIを元に麻酔の量を決めると言いました。
それから30分ぐらいして、立ち合いの看護婦さんが迎えに来ました。
手術室に入るとき外科医の先生が誰かと電話をしているのを見て、私の術式について

相談しているようでした。
先生も実は迷っているんだなぁと思いました。
手術台に移り、酸素マスクを付けられ、1回目の注射が痛くて体中が震えていました。
麻酔の先生が2回目の注射をするときに”血管が細いから痛いんだよね。もう眠るから大丈夫”と言ったを覚えているのが最後です。
痛みと一緒に眠りにつきました。